おおかみこどもの雨と雪」を早速公開初日に観て来ました。
細田守監督作品は「時をかける少女」と「サマーウォーズ」の感想を書いている身としては、今回の「おおかみこどもの雨と雪」は期待せずにはいられない作品です。

結論から言えば、期待に応えてくれた素晴らしい作品でした。
2人の子を育てる母「花」の、母親としての強さと優しさと深い愛情が、約2時間の映画の中で描かれていました。
もちろん、「雨」と「雪」も加えた3人で主役の話ですが、私が初めて見て印象に強く残っているのは「花」の我が子を想う芯の強さでした。

ネタバレのない範囲で作品について書けることとして、注目すべきは背景美術。
過去の細田守作品でも背景の緻密さには定評がありましたが、今回はその緻密さに「動き」が入ったことに驚きました。
従来のアニメ背景では、1枚絵として描かれるため動きのないのが当たり前でした。
動かそうとすれば、キャラクターと同じようなセル画の質感になってしまい、背景の緻密さは表現しにくいわけですが、今回は背景をCGで動かすことにより、背景の緻密さを維持しながら風の動きなどを再現しています。

話の内容やキャラクターの魅力もそうですが、「おおかみこどもの雨と雪」はアニメ背景の素晴らしさも特筆すべき映画だと思います。

親にとっては「子を育てる」ということ、子にとっては「これからの人生を選ぶ」ということ、そんな人生の中で最も大切な時期を、「おおかみ」というアクセントを上手く使って分かりやすく描いた作品ではないでしょうか。
これから観る人は、そういった部分にも意識して観ると、より一層この作品の見所が分かってくるかと思います。

※これ以降は作品のストーリーの内容にふれます(いわゆるネタバレです)ので、まだ「おおかみこどもの雨と雪」を観ていない方で、自分で観るまで内容を知りたくない方は、観てからの閲覧を推奨いたします。
物語は「花」の大学生活から子が家を離れるまでの13年間が描かれています。
映画を通して私が思った「花」の印象は、どんなことも受け入れる包容力のある人。
どんな苦境にあってもその現実を受け入れ『笑っていれば乗り越えられる』を体現する姿は、時に痛々しくもあるけど、この人なら乗り越えられるという安心感のようなものを感じました。

彼が「おおかみおとこ」だったと知ったとき、「花」は彼からの「怖いかい?」の問いにこう答えます

「怖くない・・・あなただから」

ずっと「おおかみ」であることを隠していた彼にとって、正体を明かすことにどれほどの勇気が必要だったかは、一度橋の上で言おうとして思いとどまっている描写からも伺えます。
そんな彼にとって、「あなただから」と自分の全てを受け入れてくれた「花」の存在が現れてくれたことへの幸福感は計り知れません。


「雪」を出産した直後の2人の会話は、目頭が熱くなるほどに感慨深いです。
新しい家族への純粋な願いですね。


そして突然訪れる「おおかみおとこ」との別れ。
人として弔うことすらできなかった無念。
それでもその現実を受け入れ、

「任せて、ちゃんと育てる」

亡き夫の夫がいた証でもある免許証に向かって言った「花」の決意は、どれほど辛く悲しい中での強さだったのか・・・。
このあと、映画が終わるまで(劇中では少なくとも10年以上)、この言葉が「花」の母としての目標になっているわけですね。
「雪」のナレーションでも言っていますが、おそらく一番大変な時期を「花」は一人で乗り切ったのだと思います。

そんな中でも2人の子を気遣い、さらには「おおかみこども」の将来を考え、2人が「人間」か「おおかみ」かを選ばせてあげられる場所、彼の故郷へ移り住むことを決めます。
ここからの「花」の奮闘の様子は感心する程です。
2人の子を育てながら廃屋同然の民家の修繕、そして自給自足のために荒れ果てた農地の再開墾を一人でやろうとするなんて、体を壊すのではと思うほどです。
一人で頑張ってきた「花」ですが、韮崎のおじいちゃんや近所の人たちの助けを通じて、助け合うことのありがたさと大切さを学び、人として一つ成長しているのがわかります。

雪が降った日の朝、「雪」と「雨」が真っ白な雪山を疾走するシーンは魅入ってしまいました。
子供たちの視点で描かれるスピード感と、空の青と雪の白のコントラストの美しさ。
そして雪山の斜面で3人が雪を巻き上げながら空を仰ぎ笑い合うシーンまでの躍動感と開放感たるや鳥肌ものです。
流れるBGM「きときと-四本足の踊り」も印象に残ってます。

帰りの「雨」が川に流され、助かったときの「花」の取り乱し様は、おそらく夫の死と重ねてしまったのではと思います。
これ以上家族がいなくなるのは、「花」にとって子育てや生活の苦労とは比較にならない程の辛いことなのでしょう。

月日は流れ、「雨」と「雪」は小学校に通うように。

小学校で人と接するうちに「雪」は次第に「人間」として生きたいと願うようになる。
「雨」は逆に、自然と接するうちに「おおかみ」として生きていこうと思うようになる。
どちらも「おおかみこども」にとっては正しい生き方。
でもそれはもう片方の可能性を否定する生き方。
自分が信じた正しさゆえに、「雨」と「雪」はそれぞれの正しさを否定されることで対立。

私の勝手な解釈と想像ですが、雨の日と雪の日に生まれたからと名付けられた名前・・・という設定、今にして思えば2人の名前「雨と雪」というのは(天気的な意味でも)同じところにいられないことを暗示しているのかと思いました(※この際、「霙」のことをいうのは野暮ってことで^^;)

人として生きようとする「雪」にとって最大の心配事は、自分が「おおかみこども」であることを隠しながら生きねばならないこと。
バレて今の楽しい生活が壊れること(人間として生きていけないこと)への恐怖から草平を傷つけてしまいますが、そのことで悩んでいること自体が、「人間」でいたいという心理が現れていると思います。
余談ですが、このときの「泣き」は、過去2作品の細田作品の定番ですね。

嵐の夜の学校で、「雪」が勇気を振りしぼって正体を明かすシーンは必見です。
まだ小学生の「雪」からすれば、父「おおかみおとこ」以上の不安の中での告白でしょう。
草平という理解者が現れたことが、「雪」にとって一生の中での大きな幸せだったのだと思います。


あまり多くを語らない「雨」ですが、自然の素晴らしさを体験し、先生と山で共にする中で、自分がやりたいこと、やるべきことを自覚していきます。
しかし、「花」にとってはまだ10歳の子供。
嵐の日、姿の見えなくなった「雨」を探して危険を顧みず森に入っていく「花」の姿は、本当に我が子のことを心配しているのですね。
あれだけ疲れても探すのをやめない様子からも見て取れます。

「花」は夢の中で再会した「彼」から、「雨」はもう大人だから心配しなくても大丈夫と言われます。

「自分の世界を見つけたから」

人間にも同じことが言えますね。
それは自分の夢や目標だったり、新しい家族や信頼できるパートナーかもしれません。
人生をかけて自分の生きる意味を見つけた者は、例え肉体が若かろうとも「立派な大人」ということですね。
でもそれは、「子供」を守ってきた母にとっては大きな節目、巣立ちを意味します。


終盤の「雨」に言った「花」の言葉がずっと脳裏に残っています。

「私はまだ何もしてあげられてない」

ああ・・・この人は10年以上の間、2人の子供をここまで立派に育て上げたのに、まだ何もしてあげていないと思っているのか・・・

これまでこの作品を見てきた者からすれば、この13年間・・・、特に子育てで一番大変な時期を彼女一人で育て、2人の子に「おおかみ」か「人間」かの選択の道まで選ばせられるようにしてきた「花」のやってきたことは、十分すぎるほど子供たちに幸せな時間を与えてきたと思っていましたが、母親の子に対する愛情はそんな程度では「何もしてあげていない」という、それ以前の感覚になるわけですね。

私自身この言葉を聞いて、「花」の我が子への計り知れないほどの深い愛情を垣間見た気がしました。

「雨」も一瞬驚いてましたが、同じことを思ったのではないでしょうか。
そんな母を安心させたいがためか、断崖を頂上まで駆け上がり、立派な狼の姿で雄々しく吠える「雨」。
まるで、「あなたはここまで私を立派に育ててくれた」と言わんばかりに・・・。

そして、自分のもとから巣立っていく子供への、笑顔で涙ながらの言葉

「元気で、しっかり生きて」

母親として、産んだ我が子への簡潔にして最大の願いがこの言葉に尽きると思います。

恋愛し、出産し、育て、巣立っていくのを見届ける。
「おおかみこどもの雨と雪」は、そんな母「花」にとっての人生の素晴らしい時間を描いた作品ですね。
「花」にとって、おとぎ話のようなあっという間の13年間だったように、観ている側も、気づいたら2時間経っていた感覚です。

「雨」は「おおかみ」として巣立ちましたが、時折聞こえる遠吠えで元気な便りを届けているようです。
小さい頃に比べて子育てに手がかからなくなり、「雪」の中学のために再び引っ越して住みやすい場所に移動することもできたでしょうが、「花」があそこに残っているのは、その土地の人たちとの絆も大事にしたいと思うようになっていることと、「雨」の存在を感じられる場所だからでしょうね。
「雨」と「雪」が成長していった思い出があり、少し離れていてもそんな2人の中間にいて見守れるのがあの家なのだと思います。

いつでも帰ってこれて、「おかえり」と言ってくれる人がいる場所があるのは良いこと。
それは「彼」が言ってましたね。
「花」はそんな「彼」が言ったことを忘れていないのだと、私は思いました。

エンディング曲「 おかあさんの唄」は、歌詞が「おおかみこどもの雨と雪」の母「花」の気持ちを凝縮した内容になっています。
まるで絵本の文章のようです。
また「おおかみこどもの雨と雪」を観る機会があるときは、是非歌詞にも注目して聴いてみてください。
本編の最後の笑顔で見送る「花」の姿を見た後の、曲の最後の「ちょっとさみしい」と「しっかり生きて」という歌詞が、さらに私の中で印象深い言葉になりました。
アン・サリーさんの柔らかくも優しい歌声とこの歌詞が、観終わったあとの余韻としても心地よかったです。

本編も歌も、まるで「おおかみこどもの雨と雪」というおとぎ話(もしくは絵本のようなもの)が本当にあって、その現代版を観たような感覚です。

「時をかける少女」では、戻らない時間の中で「今」を生きる大切さを「タイムリープ」を通して。
「サマーウォーズ」では、家族の「絆」の大切さを「仮想世界」と「栄おばあちゃん」を通して。
そして「おおかみこどもの雨と雪」では、親と子の役割(子を育てるということと、自分の人生を選択するということ)の大切さを「おおかみこども」と「13年という月日」を通して、それぞれ伝えているのだと思います。

どの作品にも共通して言えることは、人が生まれて一生を過ごす(成長していく)中で知って欲しい・経験して欲しいことを描いているのではないでしょうか。
そう考えると、観終わった後の余韻というか・・・「良いもの観れた」感がより充実しているように感じます。


単なるアニメ好きな私では、的はずれなことを言っているのかもですし、一度観た程度ではまだこの作品の伝えたいことを理解しきれていないと思いますが、最初に観たときの感想はこんな感じだった・・・・ということを残す意味で書きました。

観終わって、早くもう一度観てこの作品のことをもっと理解したいと思えたのは、「おおかみこどもの雨と雪」が初めてかもしれません。

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